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民間の投資や融資契約にはファンドマネジャーが勝手に変なところに投資しないように「投資対象案件は××以上の格付けに限る」と指定するケースがある。
ところが、格付け機関自身がパニックに陥ってどんどん格付けを下げると、多くの融資や投資はこれらの契約に抵触する事態となり、そうなるとファンドマネジャーたちは早急に資金回収に回らなければならなくなる。
その一方で我々ニューョーク連銀は、貸し手が中南米から逃げ出そうとして、世界の金融システムが崩壊するのを防ぐため大変な努力を費やしていたのである。
格付け機関が持つ社会的か意義の一つに、格下げという警告を発することによって早い時点で発行体に政策転換を求めること事態がそれ以上悪化するのを防ぐ効果があるが、当時の格付け機関の行動はまったく逆で、事鋪態がますます収拾がつかなくなる方向へばかり動いていたのである。
この問題は結局、我々エコノミストの手に負えないということで、ニューヨーク連銀の法務部隊の担当となり、私はその後どう決着したかは知らない。
ただこの経験は、格付け機関は決して神様ではなく、場合によっては自己防衛のために極めて非社会的な行動をとることがありうるということを知らされたエピソードだった。
そして同じ格付け機関の狼狽ぶりが四年前の小アジア通貨危機でも発生したのである。
弾格付け機関の一言うことはそれなりに参考にすべきだが、彼らの言っていることが絶対的な真理であると思うのは間違いである。
他の人間の行動と同様、彼らも間違いを犯すし、こと直近また、大きな財政赤字でいつも懸念されるのは、これは将来世代へ大きな負担になるのではないかという点である。
この懸念については前著の『良い財政赤字悪い財政赤字」でかなり細かく述べたつもりだが、その後の議論も含めてここでこの問題のキーポイントをいくつか整の日本については、彼らの判断よりも市場の判断のほうが正しいと言わざるをえない。
そして、それは格付け機関が日本経済の問題に対する有意義な処方菱を提示できないでいることから見ても明らかである。
まず私は、財政赤字の負担は、基本的に赤字が出た世代に発生するものと考えている。
つまり、その世代の人たちは自分たちの所得の一部を自分たちで使わず、国債の購入に回したからこそ、その時の政府は財政赤字を出すことができたのである。
いずれにせよ、景気の現状が一九九六年度の水準よりまだ下回っているということは、現時点での日本には財政再建という選択肢はまったくないと考えるのが正しいし、K内閣も基本的にはそのような認識を持っているようである。
今のような局面で財政再建をやれば、かえって財政赤字は九七〜九八年のように増大してしまうからである。
減ったという意味では、財政赤字の負担は、その赤字が発生した世代が負担したと見るべきだろう。
その一方で、将来世代はたとえその国債の償還用に増税されても、その税収は自分たちに国債の償還金として支払われるので、自分たちの所得は全部自分たちで使えることになる。
その意味で彼らが財政赤字を負担しているとは言いがたい。
これを数字で表すと、政府・民間それぞれ一○○円の所得・税収がある世界で、政府が二○円分の国債を発行し、それを民間が買ったとしよう。
そうなると現世代は民間が八○円、政府かが一二○円使え、トータルが二○○円になるが、将来世代は二○円分の国債が償還される分、民間の使えるお金は一一一○円になり、逆に政府が使えるお金は八○円となり、トータルは同じく一一○○円となる。
ということは、両世代ともトータルで使える金額は同じ一一○○円だから、世代間所得移転は起きていないことになる。
これに対し一部から、現世代が将来世代に二○円分の国債を売却したり、同世代が引退した時に国債が償還されたら、現世代の民間はトータルで一○○円使えるが、将来世代は八○円しか使えないから世代間所得移転は起きるという反論が出てきた。
しかし、現世代がいつでも(=明日にでも)将来世代に国債を売れるなら、現世代が国債を持つ理由はまったくなくなってしまう。
したがって、この問題を理論的に整理するなら、いつでも国債を将来世代に売れる現世代が、なぜ国債を持つ理由があるのかを明示しなければならまた、将来世代は八○円しか使えないということは、現世代は売却や償還で得た資金を生存中に全部使わなければならない。
つまり、この場合には現世代から将来世代への遺産相続は公・私を含めてゼロである必要があるが、現実の世界では、国債のような金融資産に加え、社会資本や家屋などの多くの物的資産が次の世代に相続されている。
ましてや、歳をとるほど貯蓄率が上がる日本の老人の資産は、金融機関に預けられた分も含めて、その大半が次の世代に相続されたと見るべきだろう。
しかし、それでは世代間所得移転は発生しないのである。
ということは、世代間所得移転は国債が世代間で相続されるのではなく、売却され、しかも現世代が売却で得たお金を含むすべての資産を使い切ってしまうという極めて特殊な状況でしか発生しないことになる。
また、財政赤字を出して公共事業をやるなら、それは将来世代も使えるものでなければならないという主張があるが、この種の議論で見落とされがちなのは、後世に残すべくは金融や物的資産だけではなく、経済全体の健康状態も含まれるという点である。
つまり、将来世代にとって、財政赤字はあるが充分治療がなされ回復に向かっている経済を引き継ぐのと、財政赤字はないが、傷口が大きく開き出血多量で瀕死の状態の経済を引き継ぐのでは、前者の方が好ましい場合があるからだ。
この点を理解するために、米国の一九三三年を境に現世代(A)と将来世代(B)があったと想定しよう。
この場合、A世代は経済が深刻なバランスシート不況に陥っているにもかかわらず、F大統領下で財政による景気の下支えを拒否した世代である。
その結果、この世代は次の世代に国債というお荷物を残さなかったが、その一方で失業率が二○%を超えGDPがピーク時の半分しかない大恐慌の真っ只中の経済を将来世代に残した。
その結果、一九三三年以降のB世代は大きく開いてしまった傷口を治療するため、それこそ膨大な財政支出を強いられた。
例えば一九四四年の米国の財政赤字はGDP比で三○%を超えるところまで拡大し、それでようやく米国は大恐慌から脱却することができたのである。
もしもこの時、A世代が今の日本のように財政赤字を出すことによって、ゼロ成長でもとにかく景気を維持し、傷口が大きく開くのを止めていれば、B世代の負担と苦痛は大幅に軽減されただろう。
この時、たとえB世代がA世代の国債をすべて購入しなければならなくなったとしても、前者からしてみれば、後者がちゃんと財政支出をして景気が底割れするのを防いでくれたほうがよっぽどありがたかったに違いない。
同じことは一九九八年を境にした日本でも言える。
この年の六月以前をA世代、それ以降をB世代とすると、A世代は前年四月から増税などの財政再建路線を打ち出したことによって景気をメルトダウンに近い状態に陥れてしまった世代である。
しかも市場では「日本売り」が発生、円安と株安の同時進行が日本の金融システムからアジア経済まで直撃していた。
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